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下町ロケットで見る佃製作所はブラック企業なのか?

マネジメント

下町ロケットで見る佃製作所はブラック企業なのか?

「下町ロケット」で見る佃社長のマネジメントは評価が高く、検索するとたくさんの方が賞賛する記事を書かれています。

私も毎回観ていましたが、目に付くのは、佃社長の意思決定プロセスと、現場とのコミュニケーションです。

意思決定

佃社長が片腕となる部下達を集めて議論し、意思決定しています。

最終的には佃社長の意思で押し切られるのですが、周囲が反対したときは、悩んで、良い解決策を探そうとします。悩み抜いて、でも最後は佃社長が自分の意見を押し通すんですね。

一応、社員を集め、敢えてリスクを取ることを謝罪し、納得してもらっているところはギリギリセーフかもしれません。

現場とのコミュニケーション

社長が現場を歩き回り、社員と常に会話しています。1人ひとりの家庭環境も把握してそうな感じですね。事業方針を社員全員に説明し、自分の考えを伝えています。意見を聞いているわけではないですが。

最後は成功するから許されるのかもしれませんが、あれを現実に行ったら、やはりブラック企業になりそうです。あんな乗りの職場では、定時で帰れませんよね。テレビで観るから楽しめますが、現実に存在したらブラック企業かもしれませんね。

そんなことを書いていて、ふと30年前の自分を思い出しました。

私も佃製作所みたいなところにいました

30年前の炎天下の8月、私は新入社員と2人で、自衛隊に収めた車載通信システムの試験のために市ヶ谷駐屯地のグランドで作業していました。運用部隊の教育を兼ねて、操作方法を隊員に説明しながら、データを取っていました。

システムが新規開発だったために、連日トラブルで深夜まで残業し、散々な状況でした。今ほど酷暑ではなかったのですが、それでも連日35℃前後だったと思います。

さすがに金曜日の夜は隊長が来て、頼むから今日は隊員が飲みに行きたいので早く上がってくれと言われる始末。仕方ないので私達は早めに切り上げ、翌朝早朝から仕事を始めました。

初めての出張でこんな過酷な仕事につき合わされた新人は、体がだるい、仕事が辛い、彼女と会いたい、こんな辛い仕事を辞めて故郷の九州に帰りたい、とこぼしていました。彼には悪いことをしましたが、私はその状況を楽しんでいました。心底楽しく、生きている実感がありました。

今の常識なら、本社から応援を依頼するのかもしれません。でもその時代、みんな忙しくて残業も毎月80時間以上で、すべてのプロジェクトがそんな綱渡りのような状況を根性で凌いでいました。私も諦めさえしなければ、必ず問題は解決でき、乗り切れるという根拠のない自信がいつもありました。私がいた職場は、プロジェクトXに出たこともある、「むちゃくちゃ頑張って日本を支えた企業」の1つだったのです。

そして、職場の同僚はみんな、会社が求める形のピースに、自らが喜んで合わせ込んでいました。特に会社の言いなりになろうと思っていたわけではありません。私生活を犠牲にして会社で頼られる存在になることが、仕事が1人前になることだと思っていました。露骨に自分は忙しいと自慢している同僚もいましたが、当時は何とも思いませんでした。ある意味、全員洗脳されていたのかもしれません。

それでも、当時は会社が楽しくて、仕事に自己陶酔できただけ良かったと思います。佃製作所のように、愛すべき上司や同僚、指導してくれる先輩がいたから、周りが家族のように支え合い、隙間を埋めあっていたからです。今でも、私にはいい思い出です。(この人間臭くて家族のような職場環境を以下「コミュニティー」と呼びます。)私にとって、当時の「コミュニティー」は居心地が良かったのです。その環境で学び、成長させてもらいました。

それが、いつのまにか灰色の職場に変貌しました。

いつからサイコパスが増えたのか?

ある意味洗脳だったかもしれませんが、居心地の良い「コミュニティー」が段々と崩れてきました。私がいた業界、会社では、2000年頃から少しずつ、崩壊してきました。

最初に、万遍なくいた職場の年齢層が、偏ってきました。新入社員を採用しない時期が続いたり、だぶついた年齢層がリストラで少なくなったりで、団塊の世代に鍛えられた世代がその穴を埋めようと頑張りすぎました。

その結果、‘90年代入社の社員はあまり現場でOJTを受ける機会がありませんでした。今、50才前後の人達ですね。

この年代の人達は、現場経験をあまり踏まずに人を管理しないといけない立場になった人達です。そして、成果主義のあおりでふるいにかけられ、生き残ったのは、ほとんどサイコパスの個人主義者です。どんな人達かと言うと、

1.良心が異常に欠如している(表面上は良い人のように振る舞う人もいる)

2.他者に冷淡で共感しない(表面上は共感しているように振る舞う人もいる)

3.慢性的に平然と嘘をつく(巧妙につくのでわかりにくい)

4.行動に対する責任が全く取れない(相手によって対応を変えてうまく切り抜ける)

5.罪悪感が皆無(相手によってうまく演じる)

6.自尊心が過大で自己中心的

7.口が達者で表面は魅力的(実はやさしくて良い人と思わせて異性にもてる人もいる)

2000年頃から、段々と常識的に考えておかしいだろ、というような振る舞いをする人が増えました。他人に対する配慮が全くないのですが、出来ないわけではないのです。相手を見て使い分けているのです。良心や倫理観、人への尊厳が欠如しているとしか思えない。そんな人が管理職になり、人を評価しているのですから、職場での人間関係が崩壊して当然です。

もう部下を評価することはやめませんか?

昔は人を正しく評価できていたか、というと、あまり出来ていなかったと思います。

でも、コミュニティーが形成され、その中での暗黙の常識的な見解で、「次はあいつに任せよう」的な世襲のルールが形成されていたので、コミュニティーに属していれば従わざるを得なかったのです。多少の不満はあっても、大きな間違いはなかったと思います。

戦後の日本を復興したリーダー達は、独自の自己犠牲の美学がありました。その伝統は、「働きすぎで自己陶酔型リーダー」に引き継がれていたのです。

コミュニティーが崩壊した今、人を評価する基準は数字でしか示せなくなりました。数字で判断された、「表向き優秀なリーダー」達が日本を仕切りだしたのです。

そして、段々と陰で常識外れな行いをする管理職が増えてきました。

このサイコパスという「外来種」が、昔からいた善良な自己犠牲型リーダーを駆逐し、職場は野生動物が放し飼いの状態となりました。

この危険な環境で生き残るために人々は適応していきました。気が小さくて頭が良い人達は、自分の心を平静に保つために他人に鈍感になりました。自己完結型の業務スタイルで会社が求める仕事をそつなくこなすのです。

プラスの評価だけ + サーバントリーダーを育てる

昔から誰も、正当に評価されていると信じてる人なんていなかった。ただ、順繰りに自分に服従する部下を指名し、世襲していっただけ。評価だけが生きがいじゃないと思ってたから。

それなら、もう管理職は、「部下を指導すること」、「人を評価すること」はやめればいい。

周囲からの360°評価を行い、マイナス評価は参考程度に、プラス評価を重視して、人を評価する方がよほど公平です。

自分の少ない経験で人を評価することなんて諦めて、自分の仕事に集中すればいい。

ある意味社員全員が「プレイングマネージャー」となり、自分の仕事に責任を持てばいいのです。

それから、新しい価値観で「コミュニティー」を再構築する。

コミュニティーの雰囲気は「ワクワク」の「ドライブ感」!

そのコミュニティーの雰囲気がどんなものになるか想像できますか?

それは、佃製作所の、あの雰囲気です。1人ひとりが自分の役割を責任もって頑張る、あの感じです。「残業しまくる」、「定時で帰りにくい」は違いますよ。

そうすれば、少しずつ、人を評価する基準が出来てきます。

そこで初めて「自己を犠牲にして組織を良くしようとするリーダーシップ」の概念が社員全員に理解されてきます。

’80年代の日本は、無自覚の内に、世界No.1の先進的マネジメントシステムを手に入れていたのです。「自己犠牲型リーダー」つまり、「サーバントリーダーシップ」です。

そもそも、学校教育で不足している部分を、会社のコミュニティーにより補ってきたのですから、

学校教育を改善することが急務です。それを言っても、今の職場にいる人達をどうするかも問題です。

やはり、新しい概念の「コミュニティー」でOJTするしかないですね。

PS:「ティール組織」の概念が出たおかげで、30年前から伝えようとしていたことがすごく分かりやすく説明できるようになりました。これからの会社組織は「サーバントリーダーシップ」が前提で発展していきます。

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